Space/宇宙
伸びる?縮む?「生命の回数券」テロメア研究
Chika
2026/8/23
海の星、地球のストーリー100_#005
伸びる?縮む?宇宙飛行士のテロメアをめぐる論争
骨だけでなく、遺伝子の中にも重力変化の記録は刻まれる。染色体の末端にある「テロメア」——細胞分裂のたびに短くなり、なくなれば細胞が分裂できなくなる、いわば生命の回数券のような構造だ。今回は、宇宙飛行がこのテロメアに何をもたらすのかという論争と、その背後に横たわる、宇宙医学研究に共通するもう一つの課題について書いていく。
NASA ツウィン・スタディ(双子研究)
2015年から2016年にかけて、NASAは一卵性双生児の宇宙飛行士スコット・ケリー氏を対象に、340日間の国際宇宙ステーション(ISS)滞在中の生体変化を追跡した。地上に残った双子の兄弟マーク・ケリー氏を対照群とするこの「双子研究」では、遺伝子発現、テロメア長、腸内細菌叢に至るまで、多岐にわたる変化が記録された(1)。
もっとも意外だったのは、テロメアの変化だった。通常、テロメアは加齢とともに短くなっていくはずが、スコット氏の白血球テロメアは、宇宙滞在中にむしろ平均して長くなっていた(2)。地球に残った弟のマーク・ケリー氏は、当時をこう振り返っている。「12の大学が参加したこの研究には、テロメアの長さを調べるものもありました。テロメアの長さは、その人がどれだけ歳を重ねているかを示すものです。無重力と長期間のストレスによって、兄のテロメアは短くなるだろうというのが、私たちの立てていた仮説でした」。研究を率いたコロラド州立大学のスーザン・ベイリー氏も、結果を見て驚いたという。「私たちが想像していたのとは、まったく逆でした。微小重力や宇宙放射線、隔離といった特有のストレスによって、宇宙ではテロメアの喪失が加速するだろうと考えていたのです」(3)。
地球に帰還すると、テロメア長は6ヶ月以内に元の平均的な長さへと戻った。ただし、すべてが元通りというわけではなく、帰還から6ヶ月が経過した時点でも、遺伝子の約7%は発現量が変化したままだった(2)。
2025年の新論文が投げかけた疑問符
「宇宙でテロメアが伸びる」という発見は世界的に注目を集めたが、2025年、この解釈そのものに疑問を投げかける論文が発表された。この研究は、これまでの「宇宙飛行中に白血球のテロメアが伸びる」という説が、宇宙飛行士1名とその地上に残った双子という、たった1組のデータに基づくものだったと指摘している(4)。培養によって選別された分裂可能な細胞だけを対象にした測定法だったため、循環している白血球全体を代表するものではなかった可能性があるという(4)。
さらに、2024年に行われたわずか3日間の民間宇宙飛行「インスピレーション4」ミッションでも、白血球の平均テロメア長が滞在中に増加したというデータが報告されている(4)。この論文は、これらの「伸長」が、実際にテロメアが長くなったのではなく、白血球の中でもともとテロメアが長い細胞の割合が一時的に増えたことを反映しているだけではないか、という仮説を提示している(4)。
前回書いたように、2025年9月には、まったく逆の方向を示す研究結果も報告されている。UCサンディエゴ・サンフォード幹細胞研究所のチームは、ISSで培養した造血幹前駆細胞(HSPC)において、健康な新しい細胞を生み出す能力の低下やDNA損傷への脆弱性の増加とともに、テロメアの早期老化——つまり通常より速いペースで短くなっていく兆候を確認した(5)。双子研究やインスピレーション4のミッションで見られた白血球のテロメア「伸長」とは、正反対の変化だ。対象となる細胞の種類(循環している白血球か、培養された造血幹前駆細胞か)も、測定の方法も異なるため、この2つの結果を単純に比較することはできない。
エベレスト登山家の比較実験
コロラド州立大学のスーザン・ベイリー氏らのチームは、宇宙飛行中に生じる慢性的な酸化ストレスが、テロメアの伸長に関与している可能性を突き止めた。さらに宇宙飛行士だけでなく、エベレストに登頂した双子登山家(登頂した側と、より低い標高にとどまった側)を比較したところ、地上の極限環境である高所登山でも、宇宙飛行と同様の酸化ストレスとテロメア長の変化が確認された(6)。
ワイル・コーネル医科大学のクリストファー・メイソン氏による遺伝子発現解析では、テロメラーゼに依存しない、組換えを介したテロメア維持機構(ALT経路)が働いている証拠が見つかった。通常はがん細胞や発生初期の胚でしか見られない現象だという(6)。極限環境に置かれた細胞が、通常とは異なる方法で自らを守ろうとしている、と捉えることができる。ベイリー氏は、宇宙を「老化研究における次のフロンティア」と位置づけている(7)。
深海居住実験——ドクター・ディープシーの100日間
酸化ストレスと細胞の応答という観点では、海にも興味深い挑戦がある。元米海軍潜水士で南フロリダ大学の生物医用工学准教授ジョセフ・ディトゥーリ氏(通称「ドクター・ディープシー」)は、2023年3月から6月にかけて、フロリダ州キーラーゴの海中約6.7m(22フィート)に設置された宿泊施設「ジュールズ・アンダーシー・ロッジ」に100日間連続で滞在するプロジェクト「Neptune 100」に挑んだ(8)。これは減圧なしで海中に滞在した最長記録となった(8)。
浮上後の血液検査では、潜水前と比べてテロメアが20%長くなっていたと報告されている(9)。ディトゥーリ氏は、高圧環境が幹細胞の増殖やテロメア長に影響を与えた可能性を挙げている(8)。ただし、これはあくまで被験者1名による自己申告ベースの測定であり、査読付き論文としての発表は確認できていない。とはいえ、「重力がない宇宙」と「圧力が高い海中」という対照的な極限環境の両方で、テロメアという同じ指標に変化が観察されているという事実は、単なる偶然として片付けるにはあまりに興味深い。
「N」という限界を超えて
こうした矛盾する結果が生まれる背景には、宇宙医学研究に共通する、もっと構造的な問題がある。宇宙に行った人間の数そのものが少なく、分析対象となる「N」(サンプルサイズ)が極端に小さいということだ。NASA双子研究はN=1(1組の双子)、UCサンディエゴの研究も限られた数の細胞培養実験にとどまる。これほど少人数のデータでは、たった1人の結果が全体の結論を大きく揺るがしかねない。ある変化が真の個人差なのか、データそのものの質にまつわる問題なのかを、統計的に完全に切り分けることも難しい。宇宙医学の知見を読むときには、「何が見つかったか」と同じくらい、「何人のデータから、それが見つかったか」に注意を払う必要がある。
私たちはさらに一歩進んだ仮説を持っている。宇宙医学研究の多くは「環境の変化が人体にどう影響するか」を問うているが、その視点に加え、「個体によってその影響がどう異なるか」に着目することが重要ではないか。個人差を単なる例外として切り捨てるのではなく、その人固有の反応パターンとして捉え直し、一人ひとりに合わせたヘルスケアへとつなげていく——それが、少ないNからでも実用的な価値を引き出す道筋だと考えている。
参考文献
(バンクーバー方式:本文中の引用順に番号を付与。書誌情報はSISTスタイルに準拠)
(1) Garrett-Bakelman FE, et al. "The NASA Twins Study: A multidimensional analysis of a year-long human spaceflight". Science. 2019, vol.364, no.6436. https://www.science.org/doi/10.1126/science.aau8650, (参照 2026-08-23).
(2) National Institute on Aging. "NASA Twins Study reveals health effects of space flight". National Institute on Aging. 2022-01-27. https://www.nia.nih.gov/news/nasa-twins-study-reveals-health-effects-space-flight, (参照 2026-08-23).
(3) Newsworthy (WHYY). "Double the data: studying space's impact on identical twins". WHYY. 2017-09-16. https://whyy.org/segments/double-the-data-studying-spaces-impact-on-identical-twins/, (参照 2026-08-23). ※スーザン・ベイリー氏の発言は Smithsonian Magazine. "NASA's Study of Astronaut Twins Creates a Portrait of What a Year in Space Does to the Human Body". 2019-04-11. https://www.smithsonianmag.com/science-nature/nasas-twins-study-creates-portrait-human-body-after-year-space-180971945/ による。
(4) Aviv A, et al. "Telomeres in Space". Aging Cell. 2025. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11896355/, (参照 2026-08-23).
(5) Pham J, Isquith J, Balaian L, et al. "Nanobioreactor detection of space-associated hematopoietic stem and progenitor cell aging". Cell Stem Cell. 2025, vol.32, no.9, p.1403-1420.e8. https://www.cell.com/cell-stem-cell/fulltext/S1934-5909(25)00270-X, (参照 2026-08-23).
(6) Colorado State University. "Research provides new insights on NASA Twins Study and health effects of long-duration space flight". CSU College of Veterinary Medicine and Biomedical Sciences. 2023-03-06. https://cvmbs.source.colostate.edu/research-provides-new-insights-on-nasa-twins-study-and-health-effects-of-long-duration-space-flight/, (参照 2026-08-23).
(7) Bailey SM, et al. "Telomeres and aging: on and off the planet!". Springer / PMC. 2024. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10998805/, (参照 2026-08-23).
(8) St Pete Catalyst. "Inside researcher Dr. Deep Sea's 100-day 'dive'". St Pete Catalyst. 2023-06-15. https://stpetecatalyst.com/inside-researcher-dr-deep-seas-100-day-dive/, (参照 2026-08-23).
(9) The Jerusalem Post. "Florida man spent 100 days underwater, says he feels 10 years younger". The Jerusalem Post. 2023-06-09. https://www.jpost.com/omg/article-745753, (参照 2026-08-23).
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