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Ocean/海

ジャック・アタリ『海の歴史』

Chika

2026/8/17

海の星

海の星、地球のストーリー100__#002

波音の中で読む、ジャック・アタリ『海の歴史』

旅に出る時、私は選んだ本をKindleアプリにダウンロードして持っていく。今年の夏の一冊には、ジャック・アタリの『海の歴史』を選んだ。美しい青い表紙。波音を聞きながらページをめくり、その世界に惹き込まれていく。

アタリの文明論

ジャック・アタリはフランスの経済学者であり思想家であり、これまでも文明論的なスケールで人類の歴史を語ってきた書き手だ。『海の歴史』でも、その視座は変わらない。人類の文明が、いかに海という存在と共にあり続けてきたか——航海、交易、戦争、そして資源としての海。人間の営みの多くが、実は海を軸に組み立てられてきたことを、長い時間軸の中で描き出していく一冊だ。

海の星の起源

しかし、『海の歴史』のイントロダクションは、人間の歴史ではなく「宇宙、水、生命」という章から始まる。地球という星は、広大な宇宙の中ではほんの小さな岩の塊にすぎない。その地球上の海を理解するためには、まず水そのものの起源を知る必要がある。これまで、人類の文明の歴史を語ってきたジャック・アタリが、あえて海の起源を描いてくれたことに、私は深い共鳴を覚えた。以下では、この夏に調べた最新の研究をもとに、宇宙誕生から地球が「海の星」になるまでの道のりを、もう少し詳しくたどってみたい。

水素とヘリウムだけの宇宙

今から約138億年前、宇宙は「ビッグバン」によって誕生した。誕生直後のわずか3分間ほどの間に、超高温・超高密度の中で素粒子が結びついて陽子や中性子となり、さらにそれらが結合して、もっとも軽い元素である水素とヘリウムの原子核が次々と生み出された。このとき生まれた原子核の割合は、水素が92%、ヘリウムが8%だった(1)。この時点の宇宙には、水を作るために欠かせないもう一つの元素——酸素が、まだ存在していなかった。

星の爆発が運んだ酸素、そして最初の水

水素とヘリウムはビッグバンの中で作られたが、酸素のような重い元素は、星の内部で起きる核融合反応や、星が寿命を終える際に起こす超新星爆発によって初めて作られる(2)。つまり水(H₂O)が生まれるためには、まず宇宙で最初の星が生まれ、燃え尽きて爆発する必要があった。

2025年3月、この「宇宙最初の水」が生まれた時期について、これまでの想定を大きく覆す研究が発表された。研究チームは、太陽の13倍の質量を持つ星が起こした最初の超新星爆発と、太陽の200倍の質量を持つ星が起こした2番目の超新星爆発について、それぞれコンピューターシミュレーションを行った。その結果、爆発によって生まれた酸素が周囲に残された水素と冷えながら混ざり合うことで、最初の超新星爆発からわずか3,000万〜9,000万年後、あるいは別のシミュレーションではわずか300万年後という早さで、すでに水が形成されていたことが示された(2)。これはビッグバンからわずか1〜2億年後にあたり、これまで考えられていたよりも最大で数十億年も早い。研究チームは「水は、最初の銀河にとって重要な構成要素であった可能性が高い」と述べている(3)。宇宙は、私たちが想像していたよりもずっと早い段階から、水にあふれた場所だったのかもしれない。

太陽系の誕生と、地球という「材料」

星の爆発によって水や様々な元素を含むようになったガスは、やがて隣接する星雲とぶつかり合い、新しい星雲を形成していく。星雲が重力によって収縮していく過程で、原子同士が結びついて様々な分子が生まれる。水素原子2個と酸素原子1個が結びつけば、水分子だ。約50億年前、こうした様々な分子を含む星雲が収縮し、中心に太陽が生まれ、その周りには回転するガスと塵の円盤が形成された。この円盤に含まれる固体の小さな粒子が集まり、直径10kmほどの惑星の材料(微惑星)が作られていった(4)。地球もまた、こうした微惑星が衝突と合体を繰り返しながら成長してできた星の一つだ。

なぜ地球には、これほど大量の水があるのか

問題は、ここからだ。地球という岩石惑星が、なぜこれほど大量の水を表面にたたえる「海の星」になったのか——実はこれは、長らく解明されていない謎だった。太陽系の中には、太陽からある距離より外側でしか氷が安定して存在できない「スノーライン」という境界がある。従来の定説では、このスノーラインの外側からやってきた彗星や、水を含む鉱物を含む炭素質隕石が、誕生したばかりの地球に大量に衝突することで、水がもたらされたと考えられてきた(5)。

しかし、この定説には無視できない矛盾があった。欧州の探査機ロゼッタが彗星「チュリュモフ・ゲラシメンコ」を探査したところ、その氷に含まれる水素の同位体の比率が、地球の海水とは異なることが判明し、彗星が地球の水の主要な起源である可能性は低いことが分かった。また、炭素質隕石を起源とする場合、計算上、地球の水の量が実際よりも多くなりすぎてしまうという問題も抱えていた(6)。

この謎に新しい答えを示したのが、北海道大学・岡山大学・九州大学・JAMSTEC・東京大学の共同研究チームだ。研究チームは、星間分子雲の塵に大量に含まれる有機物を加熱すると、大量の水が生成されることを実験で発見した。この星間分子雲由来の有機物は、氷が失われてしまうスノーラインの内側——つまり地球が形成された領域でも、失われずに残っている。有機物が加熱されることで水が生まれるのだとすれば、遠い彗星がはるばる運んでこなくても、地球のすぐそばにあった岩石質の材料そのものから、水が生み出された可能性があるということになる(6)。2025年に発表された続報では、スノーラインの内側にある岩石質の小惑星でも、同じように星間有機物が加熱されることで水が形成され、これが地球に供給されうることが新たに示された(7)。小惑星探査機「はやぶさ2」が持ち帰った試料の分析も、この仮説を検証する手がかりになっている(6)。

宇宙最初の星の爆発から、気の遠くなるような偶然と必然が積み重なって、この星に水が宿った。そのすべての先に、今、目の前に広がっている海がある——そう考えると、ジャック・アタリがあえて人類の文明史の前に置いたこの短い章の意味が、腑に落ちる。その後に続く人類の文明の歴史や互いの争いが、いかに小さく狭いことなのかを、浮き彫りにしているように感じる。

旅先での読書

長期滞在の旅において、一冊の本をじっくり読むという時間の使い方は、どうだろう。もしかしたら、これは海に出かける人の特権なのかも知れないと思う。世界の都市に出かけるとしたら、じっくり本を読むよりも文化的施設や街中を楽しみたいと思うだろうから。海に潜った後には、必ずゆっくりと休む時間がある。もしあなたが、次にどこか海辺へ長く滞在する機会があれば、『海の歴史』(ジャック・アタリ著)を旅のお共に一冊、加えてみてほしい。


参考文献

(バンクーバー方式:本文中の引用順に番号を付与。書誌情報はSISTスタイルに準拠)

紹介書籍:ジャック・アタリ. 『海の歴史』. プレジデント社, 2018. https://www.amazon.co.jp/dp/B07HQ3FJ93/

(1) 国立天文台. "宇宙はどのように生まれたのか?". 宇宙図. https://www.nao.ac.jp/study/uchuzu/univ02.html, (参照 2026-08-23).

(2) Nature Astronomy編集部. "天文学:宇宙における水の初期の証拠". Nature Portfolio. https://www.natureasia.com/ja-jp/earth-env/research/15176, (参照 2026-08-23).

(3) ギズモード・ジャパン. "惑星の進化が覆る新事実。宇宙初期から水があった!?". ギズモード・ジャパン. 2025-03-12. https://www.gizmodo.jp/2025/03/water_existed_in_the_early_universe.html, (参照 2026-08-23).

(4) 兵庫県立大学西はりま天文台. "水と太陽系の誕生". 西はりま天文台. https://www.nhao.jp/research/gallery/images/poster/HisWater01.pdf, (参照 2026-08-23).

(5) sorae編集部. "地球の水は彗星や小惑星が起源ではない可能性。星間分子雲中の塵から?". sorae. https://sorae.info/astronomy/20200514-organic-matter.html, (参照 2026-08-23).

(6) 東京大学大学院理学系研究科. "星間有機物が地球の水の起源に~地球型惑星の水の起源解明に期待~". 東京大学理学部地球惑星物理学科・地球惑星環境学科. 2020-05-08. https://www.eps.s.u-tokyo.ac.jp/focus20200512/, (参照 2026-08-23).

(7) アストロアーツ. "地球の水は星間分子雲の塵からできたのかもしれない". アストロアーツ. 2025-10-02. https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/11255_water, (参照 2026-08-23).

海の歴史/ジャック・アタリ

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xerograv. (ゼログラヴ)の「海の星、地球のストーリー100 LIFE WITH OCEAN」は、実体験や研究に基づいた海・地球・宇宙をテーマとし、そこに息づく生命について考察するブログ企画です。

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